12月9日(金) 永眠

翌9日。

昨日同様、報知を買って持って行った。昨日より状態がよく、多少口数も笑顔も増えている。しかし昨夜あまり眠れなかったそうなので、私たちは病室を離れる。時々近くに住む伯父・伯母夫婦が見舞いに訪れる。

ちょうど年末の忙しい時期のため、店の忙しい弟は東京へ戻る。いつどうなるかわからない状況で、とにかく顔を見ておきたい一心で病院へ駆けつけたわけで、一応の目的は達成された。考えたくはないが、臨終に立ち会えないであろうことは十分に理解した上でのとんぼ返りであった。というか、たとえば30分席を外すだけでも、次にはもう会えないかもしれない。それは弟だけでなく、全員が意識しておかないといけないことでもある。

さらに昼食を済ませた後、夕方に病室を2人部屋から個室へ移動。これからお世話になるナースステーションへお菓子の差し入れをするため、近くのスーパーにお茶菓子を買いに出かける。あと下着とか、ストローつきのコップなども購入して戻る。

午後になって寝返りが増える。「座ってみたい」とか言い出したりして、ベッドの脇に座らせたり、背もたれを上げたりしてみる。5時を過ぎると帰宅ラッシュで道が混むので大体4時過ぎには病院を出るのだが、朝と比べると少し調子が悪いらしく、心配なので長めに付き添ってみる。それでも家の掃除や洗濯、食事の準備もしなくてはならないので、母を残して先に帰ることになった。「明日また来るから」と言うと、父は「うん。ありがとう。」と言った。

病院の外は既に渋滞していて、タクシーで山道を飛ばして帰る。夕食の準備をして母の帰りを待つ。ほどなく病院の近くに住む伯母から電話があった。母はまだ帰っていない旨を告げる。さらに1時間。再び伯母から電話があり、まだ戻らないと言うと、伯母は心配だから病院に電話してみるという。すぐに伯母から再び電話。「容態が悪いからすぐ病院に来るように」とのこと。

いつかそういう時が来るのはわかっていたけど・・・今日かよ。

すぐに隣に住む祖母を連れて、病院へ戻る。

病室へ入ると、父はベッドの上で背中を丸めて悶えており、5時で帰った担当医が戻るのを待っていた。かなり苦しそうに喘いでいる。伯母たちも先に着いていた。程なく担当医が到着。母と私が別室に呼び出される。

医師「思っていたよりも病状が深刻です。今日になって小便の出が悪くなり、現在は尿毒症のような状態です。肝臓は痛みがないので、悪くなっても激痛が走るいうことはありませんが、身の置き所の無いような耐え難い苦しさだと言います。これ以上の鎮静剤を打つと楽にはなりますが、弱い人は呼吸・心停止の可能性もあります。しかしいずれにしても、今日明日しかもたないでしょう。ご家族に判断していただかないといけませんが、どうしますか?」

今日か明日。このとき一番に考えたのは「弟が間に合うか」だった。8時。すでに東京の自宅に到着した弟が再び来るためには、今日はもう飛行機がない。明日の朝一で来てもらったとしても病院着は朝10時。微妙なタイミングだ。鎮静剤を打って命を縮める可能性もある。どちらにしても、もって今夜か明日朝。尊厳死について、ELPでやったよな・・・と思い出したりもした。しかし自分(と母)がそんな決断を迫られる事態に身を置くことになってみると、それがどれくらい辛い選択かがよくわかる。急なことだし、どうしてよいかわからない。

結局「楽にしてあげたい」という母の希望に自分も同意し、鎮静剤を打ってもらうことにした。打っても打たなくても、長くはもたないのだ。苦しみは取り除いてあげたい。あとは父の体力頼み。弟はとにかく明朝来るように電話した。

鎮静剤を打っても、父は呼吸も鼓動も止めなかった。強い人だ。多少楽になったようにも見える。投薬を続けながら、しかしどう考えても治る見込みはない状態で、何を言ったらよいのかもわからなないまま、とにかく私と母・祖母は父の手を握り、繰り返し名前を呼び、励ます。覚悟して帰ったと言っても、できれば弟が戻るまで持ち堪えて欲しかった。

苦しそうに呼吸を続けながら、煩わしく感じるのだろう、時々酸素マスクを外そうとする。何か言いたいのかもしれないと思って様子をみるが、そのまま苦しそうに息をしているだけなので、またマスクをつけさせる。そんなことをしばらく繰り返しているうちに、吐血が始まった。喀血ではなくて、呼気と一緒に肺からあふれ出してくるように見える。どす黒い、泡立つ血だ。目を逸らせたくはなかった。最後までしっかり見ていたかった。

しばらくして、父はかっと目を開け、見守る私たちを見回した。ちゃんと目が合ったように思う。それから呼吸が止まり、心臓も止まった。心拍計のアラームが鳴る。「本当にこういう音で鳴るんだ」と思った。「救命病棟24時」に出てくるみたいに。

12月9日午後8時50分。58歳。死因は肝不全。


息子に先立たれ、呆然とする祖母がかわいそうでならない。

葬儀は自宅で行うので、遺体と一緒に葬儀社の車に乗る。無言の帰宅。いつも寝ていた布団に寝かせてあげる。それから葬儀社と通夜・葬儀の予定を詰め、見積もりをお願いする。お寺から住職さんが到着してお経をあげてくれる。それから伯母夫婦と祖母、母と私で線香を絶やさぬよう気をつけながら、父のそばで夜を明かした。
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by dancex3 | 2005-12-16 22:44 | 臨時ニュース  

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