8月9日(月) 原爆の日

1945年8月9日午前11時02分、長崎に原爆が投下されました。

故郷・長崎の小中学校では夏休み中の登校日に設定されています。
普段あまり意識することの無い戦争と平和に、嫌でも向き合わされる日です。
大抵、被爆者のおじいさんとかおばあさんとかが学校に来て、
戦争と被爆の体験を語って聞かせます。
あと、作文の発表があったり、当然11時02分には黙祷をささげます。

そういう15年間の教育を通して、
感情論としての被害者意識とアンチ戦争だけが刷り込まれていきます。
被爆地であることは事実だし、戦争はよくないよね、というのはわかります。

そのためか、核廃絶はどうしたら可能か?自衛隊廃止は可能か?代替案は?
といった前向きで具体的で現実的な議論ができるだけの柔軟な発想力や
論理的思考力というのが、特に長崎では欠けているのではないかと、
大学在学中はよく考えることがありました。

もちろん長崎にいたときはまだまだ子供でしたから、
大人の人たちは実はもっと色々考えてて、子供がそれを知らないだけなのかもしれません。
しかし自分が大人になって遠く東京から見ている限りにおいては、
長崎や広島がリーダーシップを取って非核・反戦の議論を進めているという様子は
あまり見受けられません。

毎年のことですが、今日も伊藤一長・長崎市長は『長崎平和宣言』を発表しました。
宣言は否定しません。でも、終戦後数十年続いてきたこの儀式によって
何か世界平和に進展があったでしょうか?
アメリカ政府に核実験抗議文を送付して、核実験が減ったでしょうか?
被爆の悲惨さを訴えて、核実験が減ったでしょうか?
しかも今それは、県民・市民のマインドアップにすら貢献しているとは思えません。

もっと他にできることがあるはず。
たとえば国際政治の現場において、非核・反戦の議論でアメリカとでも戦える人材の育成。
そのために奨学金を出し、そういう研究をしてもらう。留学にも出す。
定期的に報告会も行い、外部で得た見識を長崎に還元する。
将来的には政治家になってもいいし、研究者でも国連職員でもいいと思います。
そういった現場に人を出していける環境を整えることは、時間はかかるけど
直接的に世界平和に関われる道ではないかと思います。

国連の機能を強化しましょう、って言ってるだけでは何も変わらないですよ、伊藤さん。

そして原発事故。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040809-00000012-yom-soci
この記事を書いている間に、6人心配停止が3人死亡になり、4人死亡になりました。
「原発やめろー」という声が、西のほうから聞こえてくる気がします。
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by dancex3 | 2004-08-09 18:16 | 臨時ニュース  

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