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9月11日(土) Kafka on the Shore

前述の『ローマ人の物語』に集中したいのだが、
しばらく前から読み返していた村上春樹『海辺のカフカ』が途中。
珍しく朝早く目が覚めたのでラスト・スパートを。

文学評論とか全然読まないので、こっから先は全部自説です。


**村上作品(長編小説)には大きく分けて2パターン存在する。

 1.割と現実に近いもの・・・風の歌を聴け~ダンス・ダンス・ダンスの四部作、
                 ノルウェイの森、国境の南・太陽の西、スプートニクの恋人
 2.明確な非現実の世界が入り混じっているもの
               ・・・世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド、
                  ねじまき鳥クロニクル、海辺のカフカ

1の方は王道。ファンも多かろうし、個人的にも好きでかなり読み返している。
2の方は物語としては楽しめるものの、そこにあるメッセージとか、
そういうものを読み取るのは極めて難しい。というか、よくわからん。
そういえば1は講談社、2は新潮社ですね。何か関係あるのかな・・・

たぶん作者としても上の2つのバランスを必要としてるんじゃないかと思います。
ミスチルの歌なんかもそうだと思う。すごいラブ・ソングもあるし、反戦ソングもあるし。


**カフカにおける変化

これまでと全く異なるのが、

1.主人公が少年であること
   これまでの作品は大体大学生~社会人で、自分のスタイルをある程度確立していて、
  大体において周囲で起こる出来事を軽い諦めを持って受け入れていく。
  年齢的なものは別としても、物語を通じて成長というのはあまり見られない。
   ところが田村カフカ君は家出中学生であり、いちおうの自分を持っている
  (確立しようと努力している)ものの、やはり周囲の人々の影響を強く受けるし、
  そこで起こる始めての経験の連続に戸惑う。
  それでもそこには成長の跡が見られるし、物語後のカフカ君の人生についても
  色々な想像をすることができる。とてもポジティブな終わり方をする。
  村上作品には皆無に近い、「爽やかな」読後感があったように思う。

2.主人公以外の心情が語られる
   これまでの作品では、「僕」の目を通した世界、「僕」の感情、
  あるいは「僕」が推測する他者の感情、のみで物語が成立していた(と思う)。
  今作では、あくまで三人称扱いのままであるものの、
  たとえば佐伯さんの心情や、大島さんの心情が、彼ら自信の言葉で語られる。
   どちらかというと孤独な印象が強く、内へ内へ籠っていく村上作品のなかでは
  稀なというか、初めてのパターンではないだろうか。これまでにない広がりを
  感じさせる。

最初に分類したように、カフカは難解な方に入るのだが、
いずれにしても村上作品が新たな世界へ向かっていることを感じさせる作品でした。

もうなんといっても春樹は大好きなので、今後に期待です。

by dancex3 | 2004-09-11 10:06 | 名もなき詩  

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